トマス・ブルフィンチのレジェンド・シリーズは野上弥生子さんの訳本でお世話になってきた。
最初は『ギリシア・ローマ神話』(原題「寓話の時代」)、ついで『中世騎士物語』(原題「騎士の時代」)。ブルフィンチがうまいのか野上さんの訳がうまいのかはわからなかったが、ずいぶん堪能した。
だいたい神話や伝説というものは、なるべく子供のころや若いうちに聞き物語か読み物語として体験しておくにこしたことはない。ギリシア神話、ケルト神話、『聖書』『古事記』なども子供のころに読み聞かされていたかどうかで、ずっと親密感が変わってくる。ぼくは鈴木三重吉の『古事記物語』など、もっと早く読めばよかったとおもっている。それを松本信広や三品彰英あたりから先に入ったために、つねに学説につきあわされてしまった。学問的な議論などは、ものを知ったうえでいくらでも介入すればよい。
かつてこのことを倉橋由美子さんに諭されたことがある。そのとき倉橋さんは、ぼくにホメロスの『イリアッド』を薦めたものだった。ぼくが『ハイスクール・ライフ』に倉橋さんが高校生に薦める一冊の本を頼んだときのことである。
だから本書のような歴史啓蒙書を目くじらたてて議論するのは野暮である。ぼくはブルフィンチの『ギリシア・ローマ神話』をカール・ケレーニイやミルチャ・エリアーデよりずっとずっと前に読んだことを僥倖だったとすらおもっている。
それにブルフィンチ(1796~1867)は、こういう神話や伝説をまとめるのがべらぼうに、うまい。建築家チャールズ・ブルフィンチの息子で、ハーバード大学を出てからはずっとボストンの銀行員をしていたのだが、50歳をすぎてギリシア・ローマ神話のダイジェストに取り組んだ。それが大好評だったので、次々にレジェンド・シリーズを書いた。
語学に堪能で数ケ国語ができたこと、生涯を独身で通したこと、他国の歴史を無視しがちなアメリカ人に伝説と歴史というものがいかに重要かということを知らせたいという使命をもっていたことなどが、ブルフィンチの文章力と編集力を高めたのだろうが、なによりも歴史の背景と物語の背景を混乱することなく交互に記述するのに長けている。
本書は「ロマンス」とは何かということをあますところなく伝える物語で溢れている。このロマンスとかロマンが日本人にはわかりにくい。
本来の意味でのロマンスの中心になっているのは、フランス語の「武勲詩」(シャンソン・ド・ジェスト)である。なかでも『ロランの歌』は歴史の一舞台を背景に、最も古くて有名な武勲詩になっている。ロマンスとはこの武勲詩におこる出来事をさす。興味深いのは、これらの武勲詩がシャルルマーニュ伝説というかたちを採って伝承され、しかもそれがフランス語で綴られてきたということである。
もっとちゃんといえば、フランス語という言語はこの物語によってフランス語になったといってよい。それは『アーサー王物語』が英語を、『神曲』がイタリア語を、『平家物語』や『太平記』が日本語をつくったこととよく似ている。
フランス語のシャルルマーニュはドイツ語のカール大帝のことをさす。森の中のアーヘンに宮都を建設したフランク王国の大帝である。マーニュは「偉大な人」の意味。
おじいさんがカール・マルテルで、トゥール・ポアティエにイスラム軍を破り、これによってヨーロッパはイスラム圏にならないですんだ。その最後の一線を守った将軍である。いまでもヨーロッパ共同体「EU」の起源はカール・マルテル将軍が築いたとさえ言われている。マルテルはフランス語で「鉄槌」の意味。まさにそういう将軍だった。
その子がピピン、そのピピンの子がカール大帝ことシャルルマーニュになる。
ヨーロッパ(とくにフランスとドイツとイタリア)でシャルルマーニュ伝説というばあいは、この鉄槌将軍マルテルとカール(シャルル)大帝とをごっちゃにマゼコゼ伝承することが“常識”になっている。イギリス人がアーサー王伝説の諸場面をいちいち歴史区分などしないのと同じことだ。
日本でいえば道真伝説や将門伝説が各地にいろいろ跳梁跋扈しているのと同じことだとおもえばよい。
最近よく思うことなのだが、歴史学がやたらに発達し、どんな細部の伝承も歴史に照らすことが可能になったのはいいのだが、どうもそのぶん「物語の中で歴史を見る」という習慣が頓(とみ)になくなってきた。
なんだか母や叔父に聞かされてきた歴史語りが生きなくなってきて、いちいち「それは史実とちがっている」という異議申し立てに耳を傾けざるをえなくなっている。これがなんともつまらない。なにもかもが「物語で歴史に入っていく」のではなく「歴史の中に物語を解体する」というふうになりすぎた。
歴史学が正確な体系になっていくのはいい。しかしそれとは別に物語として語り伝えられていく伝習は残ったほうがいい。司馬遷やヘロドトスの語りは歴史学ではなく、歴史の物語なのである。歌舞伎の大星由良之助は大石内蔵助ではないわけなのである。
シャルルマーニュ伝説における騎士ロラン(イタリア語読みならオルランド)の活躍も、歴史的にいえばカール大帝がイベリア半島のイスラム軍(物語ではサラセン軍、歴史上はザクセン人)を討伐遠征したときの一エピソードであって、史実をいうのなら778年にカール大帝の軍が帰路でサラゴサからピレネーを越えたとき、山中のロンスヴォーでバスク人の攻撃をうけた8月15日の事件に首罪しているということになるのだが、その戦闘で華々しく死んだ英雄ロランがシャルルマーニュ伝説全体では多様にふくれあがって、もっ
といろいろの場面で跋扈することになっている。
物語とはこうしたものなのだ。
だいたいヨーロッパの武勲伝承は、各地のミンストレルやトルバドゥールやトルヴェールなどの吟遊詩人や語り部たちが伝えてきたことである。
そこには「たくさんの中心」というものがあり、その多中心性こそがおもしろい。なまじ史的な統一などしないほうがいいのは当然であるし、それに、これらの多中心性こそがのちに「文学」というものをつくった土壌なのでもあった。
ブルフィンチの本書も『ロランの歌』のような武勲詩だけを素材にしていない。15世紀のマリア・ボイアルドの傑作『恋するオルランド』や16世紀初頭のルドヴィコ・アリオストの『狂えるオルランド』という大作を下地につかい、そのダイジェストに武勲詩を結びつけている。これらはイタリア語によって武勲文学の劈頭を拓いたもので、たとえていうなら上田秋成が中国の白話小説を日本語にして和風化してしまったようなものだとおもえばいいのだが、その文学的編集があまりにゆきとどいているために、ブルフィンチはそのシナリオを本書の下敷きに導入したにちがいない。
が、それでよかったのである。物語の紹介は、もともとの物語そのものを下敷きにして、そこへ新たに物語を加えていくという「物語が物語を生む」という方法によってこそ伝習されるべきものであるからだ。
シャルルマーニュ伝説自体も多中心にできている。なんといってもアーサー王の円卓の騎士や真田十勇士とまったく同様の12人の勇士「パラディン」(あるいはピヤーズ)がいる。これらが入れかわり立ちかわり主人公になる。
12勇士とはいえ、いつも同じメンバーではない。時によって入れ替わる。中心の騎士はロラン(オルランド)で、シャルルマーニュの想像上の甥として設定されている。ほかにロランの従兄弟リナルド、バイエルン公のナモ、ブルターニュ王のサロモン、大司教チュ
ルバン、月に行ってしまったイングランドのアストルフォ(この伝説こそのちのシラノ・ド・ベルジュラックの月世界旅行などの先駆的母型になる)、魔法使いのマラジジ、デンマークの英雄として知られるオジエ・ル・ダノワ、裏切者にされてしまったガヌロン、賢人ネイムスなどがいる。
これらの多中心型の主人公たちには、それぞれ「極め付き」がつく。たとえばロランの剣はデュランダル、馬はヴェイランティフやブリリアドロやバヤールの名馬、さらにこれにのちのロランの象徴となった魔法の角笛がつく。牛若丸といえば高下駄、ベッカムといえばソフトモヒカン、ロナウドといえば大五郎カットが付き物だというのと同じことである。
このほかたくさんのワキがいるのだが、そのなかには魔術師マラジジが生み出す精霊アシュタロトなどもまじってくる。物語では、妖怪も精霊も死者の亡霊も、紋章も馬も匣も、みんな等しく登場人物なのである。さすがに歴史学では、これができない。
かくてシャルルマーニュ伝説には人物でも極め付きからも精霊からも、自在に出入りできるようになる。
物語というもの、ぜひともこのような伝説構造を生かしたままで伝わってほしいものである。
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